【プロローグ】 劫火と神器
2012年01月31日 / カテゴリー: ショーストッパー-~show-stopper~
初めて見たものは。
月と炎と鍵盤と、私の主。
——————————————————————————–
最愛の従者。
かの人を守るためにあなたを作ったといったら、あなたはどんな顔をするだろう。
石造りの壁をつたい、階下に迫る劫火の熱さを思う。
熱に浮かされるように、前を行くお母様を追って塔の階段を登る。
息切れとひっきりなしに流れる涙さえ、むせ返る熱に飲み込まれそうだ。
「姫様、お急ぎください!」
お母さまの手を牽きながらアークが叫ぶ。
「急いで。お父様の意志をくみなさい!」
お母さまの叫びには悲痛さがにじんだ。
カンタベリアの獅子と言われたお父様。
誰よりも勇敢で、国を民を愛していたお父様。
お母さまを労わり、私を抱き上げてくれた大きな手。
「カンタベリアが国王、ディアラハン・ディアーナ・メシュタリカ・カンタベリアここにあり!
武名を挙げたい者はかかって参れ!」
「武名などいらぬ。神に背く悪魔の一族に静粛を!」
塔の入り口から響き渡った声に押し上げられるように、私は階段を駆け上がった。
最上階の部屋の入り口で、アークが私を招き入れる。
お母様は部屋の中央の台に置かれた折りたたみ式の手鏡のようなものから伸びる管を
部屋の奥に横たわっていた神器に差込み、手鏡に手をかざした。
閉じられていたふたが開く。
これは手鏡ではなく、神器を操作する属神器。
神器を操るための道具。
古くから伝わるこの神器は、カンタベリア家の血族にしか反応しない。
血が、そうさせるのだとお母様は言った。
お母さまの横に駆けよる。
「指先を。」
お母さまは短剣で自身の指先に傷をつけ一粒、属神器に血液をたらす。
そして私に短剣を渡し、属神器を操作する。神器の継承をするために。
私は自分の左手の小指の先に短剣をあてがい、そっとひいた。
血液が粒のように盛り上がる。
「まさか、こんなに早く継承することになるとは思っていなかったけれど。」
自嘲気味にお母さまがつぶやく。
お母さまは、私が幼いころから継承者としての教育に熱心だった。
伝承の歴史。操作する技術。
もしかしたら、この事態の予感があったのかもしれない。
私はその力に魅了され、取り憑かれたように知識を貪った。
ぽとり、と。
落とした血液を、神器が解析していく。
そして光を放った。
「今からこれはあなたのものです。」
承認された。
私はこの国の後継者。
私は神器の後継者。
悲しみと、重責と、いくばくかの高揚感と。
「生かすも棄てるも、自分で決めなさい。」
私の先代後継者が、神器をみつめながら言う。
「ただし、血族の秘密だけは守り通しなさい。私はそう教えましたね。」
お母さまは、視線を私に合わせて選択を迫った。
「はい。今から、神器を起動します。落ちのびるために。」
その時、階下から耳をつんざく叫びが響いた。
塔の階段で反響するこの声は。
「神の御名において、呪われしカンタベリアの血を絶やせ!」
王の断末魔の叫びをかき消す怒号と足音。
戦人としての礼も何もない。
下唇をかみ締めた。
戦で血塗れた手を、いつだって悔いていたお父様。
誰よりも武人として誇り高かったお父様。
政治と信仰。
かみ合うはずがない。
「追っ手が登ってきております!長くはもちません!」
蝶番の上から扉を押さえてアークが叫ぶ。
属神器に指を滑らせた。
神器が唸る。
私は、今これに名前をつけたのだ。
神器がカンタベリアの血に伝えられてはじめて。
お母さまは満足げにうなづき、アークに命じた。
「道は教えたとおりです。……頼みましたよ。」
「御心のままに。最後の一滴まで。」
アークはお母さまに一礼すると私の手をとった。
「姫様、参りましょう。」
二人の言わんことを理解して、私はお母さまを振り返った。
「私のかわいい子。かならず生き延びて。愛しているわ。」
「お母さま!」
お母さまの姿がにじんだ。
優しくて、やわらかくて、悲しげな、私の母。
お母さまが押さえた扉がきしむ。
アークの手をとった。
逆の手には神器と属神器を。
暖炉奥の隠し通路に飛び込む。
炎が囲み、石が崩れ落ちてくる通路をひた走る。
扉が破られる音がした。
私のあたたかい世界が破れた。
私はこの国の後継者。
私は神器の後継者。
こんなものの為に、私は家族を失った。
こんなものの為に、私は国を失った。
手を強く握る。
アークの手と、神器。
神器をそっと見つめて、つぶやいた。
「あなたの名前は、ロイド。」
——————————————————————————–
無気力に液晶画面を眺める。
癒しを求めてずいぶん前にはじめたゲームに、久々にログインしてみた。
中世ヨーロッパの田舎町に似た仮想の町に住み、花を愛でパンを焼きのどかに生きる。
忙しさにかまけて一向に省みなかった家は荒れ果てていた。
よく考えたら、現実の家にもほとんど帰っていない。
おそらくこの仮想の家より荒廃している気がする。
もはや家に帰ることさえストレスだ。
そしてすぐにそれさえどうでもよくなる。
息をするのも面倒だ。
無気力と苛立ちの繰り返し。
自分で自分をもてあます。
知らず、だらだらと涙が流れていた。
鉄くさい胃液が口の中にこみ上げてくる。
まずい、これで痙攣して心拍数が上がると意識がとぶ。
ログインしてすぐにログアウトしようとした俺に、同じ仮想の町の住人が話しかけてきた。
「魂、あずかってくれませんか。」
生命さえ一緒に抜け出そうなため息がでた。
——————————————————————————–
十六夜の欠け月が昇る。
花びらのように色づいた萼。
憧れ抱えて潰える、ガラクタ。
輝く月があなたのようで、私は空さえ見られない。
【 プロローグ/終 】











