【番外】 隣の不思議さん、始めました。
2012年01月31日 / カテゴリー: ショーストッパー-~show-stopper~
ああ、お隣に越してきた人? この前引っ越してきたのよ。
丁寧な人でね、引越し前にもご挨拶いただいたのよ。
あの家、前に住んでいたご一家がご主人の転勤で引っ越してからしばらく誰も住んでいなかったの。
次にくるのはどんな人かしらって、はすむかいの久本さんと話してたのよ。
相葉さんっていったかしら。若い男の人でね、ちょっと細い背の高い眼鏡かけた人。
おそばとお菓子いただいたのよ。いまどきの若い人にしてはしっかりしているわよね。
この辺は町内班とかの繋がりも強いから近所づきあいできないと大変なのよぉ。
うずたかく詰まれたダンボール。
開け放った窓、まいあがるホコリと少し饐えた空気。
頭に巻いたタオルの端で首の汗を拭いて、一人ごちる。
「あいつ、なんでこんなそろった皿とか持ってるんだぁ?」
統一感のない家具が運びこまれた家のリビングで、俺はダンボールや梱包材の山に埋もれていた。
目の前には新聞紙で巻かれた食器がみっしり詰まったダンボール。
ネットカフェからうっかり異世界ダイブした俺、相葉俊樹は。
お嬢様になってみたり船旅したり襲撃受けたりと紆余曲折を経て、
あっちの世界で作られたロイドの精神を連れて現実世界へと帰ってきた。
あちらではエリスたちがロイドの体を復元すべく旅をしていて、パソコンを通してたまに連絡をとっている。
一方現実世界にもどった俺は、友人のロボット工学者、深谷卓磨にロイドのアンドロイド化を依頼した。
身体ができるまで、ロイドはコンピューターの中でペルソナ執事として活動している。
せっかくこちらにいるのだからと、携帯やデジカメにロイドが入りこみ、出かけるときに連れて出たりもする。
そして研究室として使うスペースの確保のため、俺と卓磨はそれぞれ部屋を出ることにした。
卓磨の研究室と俺の職場から程近い、古びた一軒家を借りた。
最近流行のルームシェアというやつだ。
ここ一ヶ月は荷物の整理や、役所で転出届をだしたり郵便の転送を手続きをしたり、
電話局に連絡したりガス会社へ連絡したり電気と水道の申込書を送ったりでバタバタだった。
そして今日は晴れて引越し当日である。
会社を休む余裕はないので、今日と明日の土日で住める状態にまでもっていかなくてはならない。
そして目の前には食器のはいったダンボール。
箱の側面に何も書いていなかったので間違えて開けてしまったが、俺の持ち物ではない。
思えば、奇天烈な行動に目を奪われて忘れがちだが同居人は資産家の次男坊でエリートな学者様でした。
ちなみに卓磨は学会だとかで出払っている。
お互い時間が取りづらいのはわかっていたので、引越し業者に頼んで一人暮らしパックを頼んだのだが。
当日いないならいないで、事前にいっておいてくれてもよいのではないか。
卓磨の荷物を運んできた業者によると、奴は現場にいる担当者に配置を聞いてくれといって去ったらしい。
てっきり引越し当日はいるもののと思っていた奴は連絡もなしに押し付けやがったのである。
確認の電話をしたときの対応はこうだ。
「夕方には帰る。後は頼む。」
とのたまって電話を切りやがった。
音声が切れる瞬間、英語で何かしか話しかけているのが聞こえた気がする。
あー、そうだよな学会だもんなー?引越しなんてしてられないよなー?だったら事前に言っておけ!
と叫んだところで始まらない。
トイレで一度シャウトした後、俺は至極にこやかに中身を確認して配置を指示していった。
俺はかっこ悪いか?中途半端か?!
しょうがないだろもういい年した大人なんだから。
業者さんが去った後、ガス会社とガスを開栓し、向こう三軒斜向かいのご近所に挨拶をすませて今に至る。
大体の場所に荷物は配置してもらったので、後は開封して詰めていく作業だ。
時計をみたら、正午を回ろうとしていた。
疲れた、というより腹が減った。
「俊樹様、ご気分が優れないのですか?」
ノートパソコンのスピーカーから声がする。
この荷物でごった返した中、ノートパソコンだけは引っ張り出しランをつないで立ち上げてある。
抱えていた頭から手を離して起き上がり、ノートパソコンの前に回る。
モニターの中でロイドが伺うようにこちらを見上げている。
なんだろう。
俺今少し癒されている。
「お前はいいやつだっ!なんてあったかい奴なんだ!!」
と思わずモニターにしがみついてわめいてしまった。
ホコリまみれの場所に精密機械は置きたくなかったのだが、
やはり姿が見えたほうがロイドがいるとわかりやすくてついついパソコンを立ち上げてしまった。
男は視覚の生き物なのだ。
「よし、飯食って気合いれるか!」
結構簡単に出来てるな俺。
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玄関のドアが開く音に続いて、足音が聞こえる。
「よお。」
のそりと卓磨が立っていた。
「ああ、お帰り。ってお前、用事があるなら事前に連絡しろよ!
お前の荷物、勝手に配置してもらったからな。何も書いてない箱、何個か間違えてあけちまったぞ。」
「……ああ。別にかまわない。すまなかったな。」
卓磨はしばし呆けてから答えた。
珍しいこともあるものだ、と思いながら俺は促した。
「お前の荷物の数あっているか確認してこいよ。」
作業しながら促したのだが、卓磨が動かないので怪訝に思い見やった。
卓磨は先ほど立っていた場所にしゃがみこんで、歪に膨らんだ袋を抱えあげていた。
「これ、ランニングシューズか?」
卓磨はぼそりと聞いてきた。
「ああ、懐かしいだろ?高校のころ使ってたやつ、なんか捨てられなくてな。持ってきた。」
なぜか捨てられなかった、はきつぶしたシューズ。
どういうわけかゴム部分も劣化していなかった。
俺がどん底でもがいている時も、こいつは部屋の端で俺を見守っていたのだ。
また、少し走ってみようか。
「落ち着いたら、また走ってみるかな。お前も走るか?」
「そうだな。悪くないな。」
卓磨の短い返事と足を踏み出すたびにあがる、がさがさという音が響く。
卓磨は俺を通り過ぎていき、リビングの机にハガキを何枚か置いた。
通り過ぎざま見えた顔が、心もち笑っていたのは気のせいだろうか。
ふとハガキに目が行き、たずねる。
「あれ、もう手紙届いたのか?」
「ああ、出しておいた転居の挨拶状だ。何枚か宛先不明で返ってきたらしい。」
「へぇ。あ、俺まだ用意してなかった。うわ、急がないと。」
忘れていた作業が追加されて、予定を組みなおす。
正直に言うと休み中に終わるか不安だ。
ふと、ノートパソコンの中のロイドが視界に入った。
あ、と口をあけてロイドに向き直る。
「なあ、ロイド。」
モニターの中でロイドは優雅に微笑んで振り返った。
「お呼びですか、俊樹様。」
少し申し訳なく思いながら頼んでみる。
「悪いんだけど、もし手が空いたら印刷用の転居挨拶状のレイアウトを作ってくれないか?
手が空いたらでいいんだけど。」
ロイドは嫌な顔せず答えてくれた。
「仰せのままに。ハガキサイズの文で作成いたします。
住所録をまとめておきましたので、お時間がありましたらご確認ください。」
ロイドがモニターに表示した住所録を確認する。
「お、住所録なんていつのまに作ってたんだ?本当に助かるよ。今からチェックするな。」
心底感心する。まだ回線をつないでいないのでロイドはあまり活動できない。
しかしその中でもできることを先回りしてやってくれる心遣いに感動してしまう。
宛先のもれがないか確認するため、紙の住所録を探しに行った。
住所録の紙がなかなかみつからず、思ったよりてこずってしまった。
そろそろロイドはレイアウト作り終えているころだろうか。
近日中に役所に行って転入届と印鑑登録をして、免許証や携帯、口座の住所変更をしたい。
などととりとめもなく考えながらリビングに戻ってきた俺に、ロイドが声をかけてきた。
「俊樹様、転居挨拶状のレイアウトができましたので、区切りがよいときにご確認いただけますか。」
さすがロイド、作業が早い。
「お、サンキュ。助かるよ。」
どれどれ、とモニターを覗き込む。
350dpi指定の、はがきサイズの画像データが表示されている。
白地に青いラインのシンプルなデザインに、黒字で挨拶文が書かれていた。
「謹啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
このたび私どもは結婚いたしました。
未熟な夫婦ではございますが、明るい家庭を築いてまいりたいと思っております。
今後ともご指導ご厚誼のほど、よろしくお願い申し上げます。
なお、これを機に下記の住所に転居致しました。
お近くまでお出かけの際は、お気軽にお立ち寄りください。
略儀ながら、書中をもってご挨拶申し上げます。 敬具」
ロイドが表示した転居案内を凝視したまま、一瞬思考と動きが止まっていた。
活目したままフリーズした俺を不審に思ったのか、
画像を表示したウィンドウの後ろからロイドがこちらを伺き見て、おずおずと声をかけてくる。
「あの、何か不備がございましたでしょうか……。」
ぎぎぎ、とぎこちなく視線をロイドに移した。
心配させないよう、笑顔を作って問う。
「ロイド。これは結婚挨拶状じゃ、ないか?」
「はい。こちらでは結婚とは『親しい者同士が共に生活し、生きていくこと』だ伺ったのでこのように。」
「それを教えたのは、誰だ。どんな話の流れでそうなったんだ?」
「はい、先ほど……。」
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遡ること約5分前。
俊樹から挨拶状の作成を頼まれたロイドは、転居の文例集をインターネットで検索しながら悩んでいた。
転居案内に記入が必要な項目としては、転居の挨拶、新居の場所、状況の説明が必要だと考える。
挨拶は時節の文句から入れた。新居の場所も間違っていない。
状況の説明としては、同居人がいるということが特筆すべきことであろう。
『同居に際しての転居』が一番似つかわしいと、ロイドは考えた。
そこで”転居””挨拶””同居”で検索をかけたのだが、『血縁者との同居』項目の例文しか該当しなかった。
住人を思い浮かべて、血縁者ではない、と再度確認してこの可能性を除外する。
他に近しいフレーズでヒットしたのは『結婚と転居のご挨拶』であった。
しかし、これも当てはまらない気がして、ロイドは首をかしげる。
「どうしたものでしょうか……。」
「ロイド、どうしたんだ?」
呟きが声に出ていたらしく、近くを通った卓磨が声をかけた。
「これは卓磨様。よろしければ、ご助言いただけませんか。」
助けに船、とロイドはモニターの中で振り返って卓磨を見た。
「なんだ。」
卓磨はリビングのテーブルにもたれかかってモニターを覗きこんで促す。
ロイドは居住まいをただし、直立不動で質問を口にした。
「こちらの世界では『結婚』とはどのような定義でしょうか。」
「『結婚』か?」
方眉をわずかにだけあげて卓磨は確認した。
どういう意味だ、問われていると悟り、ロイドは先の言葉を補う。
「私の中の定義では、『結婚』とは『親しい男女が添いとげる約をすること』だと考えていたのですが、
こちらではどのように捉えられるのでしょうか。」
なるべく広い意味で考えてみてから、卓磨は思いつくまま述べてみた。
「そうだな。俺の中のイメージでいうなら、法律や籍に関するイメージが強い。
だが観念でいうなら、『親しい者同士が共に生活し、生きていくこと』といえるかも知れないな。
最近では性別を問わない恋愛感も、結婚制度も認知されつつあるし。」
ロイドは少しの間考えてから小さくうなづくと、ゆっくりと畏まって腰を曲げた。
「なるほど……。ご教授いただき、ありがとうございました。」
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「……と、いうわけでございます。」
映像を再生しながらナレーションつきで伝えてくれたロイドは、不安げに眉尻を震わせた。
「……ああ、そうなのか……。」
そんな目でみられたら文句も言えない。
卓磨の受け答えもなんら悪意もない。
ただのすれ違いなのだが。
俺の専門学校時代の暗い心の傷をえぐるのには十分だった。
心にダメージを負いつつ、俺はロイドに位置から説明すべく口を開く。
一瞬見えた姿見の鏡には、口が引きつった泣き笑いのように情けなく顔をゆがませた俺が映っていた。
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そうそう。
男の人一人暮らしにしては大きい家を借りたのね、と思っていたら2人だったのね。
もうひとりの人には一度しか会ったことないけれど、学者先生なんですって?
ちょっとねぇ、若い男が二人で住んでるってのは、少し不気味よね。
夜中によく怒鳴り声とか聞こえてくるし……。
それに私みちゃったのよ、相葉さんがデジタルカメラに話しかけているの。
でも話をすると普通だし、気も利くしねぇ。
この前煮物をもっていってあげたら、お返しにってポトフをもらったんだけどおいしかったわぁ。
おいしいお料理作れる人に悪い人はあまりいないから。
それにほら、見目がいいのよねぇ。
二人並んでいるとちょっと目がいくのよ。愛想もいいし。
だから犯罪さえ起こさなければいいかなって。
潤いって大事よね~。
お隣の田中さんは朗らかに笑った。
【 隣の不思議さん、はじめました。/完 】











