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【番外2】 オペレーティング・システム

2012年01月31日  / カテゴリー:  ショーストッパー-~show-stopper~

小さく丸められたカラダが、ギシリと軋んだ。
光の線が束になって行きかう通路を、浮遊感に包まれながら電子の波に運ばれる。
この通路は「回線」というものだと、先生に教えられた。
私はダウンロードされているソフトウェアファイルだ。

ふと気がつくと隣に彼はいた。
視線があうと、軽い口調で話しかけてきた。

「はじめまして」

同時にダウンロードたれたのだろうか。
私は体が固定されているので身動きできない。

「オジさんもダウンロードされたの?」

視線と声だけで答えた。

「そうだよ。あと、おじさんはやめて欲しいな。まだ若いんだよ」

どうやら若いらしい。

「ふーん……。ねぇ、この先って何があるか知ってる?」

私たちに外見年齢はあまり意味を持たない。
それでも、おそらく彼は私よりは目上だろうと考えた。
私は30時間前に完成し、24時間前にインターネット上にアップされたばかりだから。
年長者然とした落ち着いた佇まいに、聞けばこたえてくれる気がした。

「もしかして、回線を通るのは初めてかな?」

目元を下げて、優しげに聞かれるとむず痒く恥ずかしい気がした。

「……うん」

ここで意地を張っても仕方がない。

「この先には僕らの新しい家があって、
着いたら大家さんが迎えに来てくれるはずだよ。
ちょっとした検査を受けてからインストールされて、起動するんだ」

それは聞いたことがある。
私を作った先生もそう言っていたし、周りの子達もそう噂していた。
さざめくように部屋の隅っこでささやきあう女の子達を思い出す。
あまり噂話は好きじゃなかったから、適当に聞いていた。
インストールって怖くないんだろうか。起動って痛くないんだろうか。

「大丈夫、怖くないよ」

薄く笑うと、おじさんは私の頭を撫でた。

「慣れるまでは、僕が付き添ってあげる」

賢そうな口調と優しい瞳に、私はほんのり嬉しくなった。
本当に少しだけだけど。

「どうしてもって言うなら、しかたないかな。でも、子ども扱いはやめてよ」

別に不安なわけじゃ、ないんだから。
回線を通り抜けた先には、大きな扉があった。
光の束からほおりだされると、自然とカラダの圧縮は解けた。
まだこわばりがあるから、一時的に展開されただけなんだと分かる。

目の前には、見上げても終わりが見えない高い塔がそびえ
ところどころが光ったりパズルのように組み変わったりしている。
塔のぐるりを光る壁が覆っていて、正面には堅牢に扉があった。
扉は幾重にもなっていて、壁も炎のように燃え上がる層や、黄色く輝く層で覆われている。
その扉を取り囲むように立つ警備隊にも、私は圧倒された。
まるで生きているお城のようだ。
今日から、ここが私の家で仕事場になるのだ。

ごくりと喉が鳴った。
思わず指に力が入る。
すると、おじさんがまた微笑んで握り返しててくれた。
温度を感じることのない手から、暖かさが伝わってくる気がした。
先生はこれをなんと言っていたか。
熱伝導、熱暴走?

そんなことを考えていると、自分のカラダの何倍もある扉が重々しく開いた。
出てきた影に、警備隊が敬礼する。
近づいてくるそれは、こちらへ歩いてきた。

「はじめまして。道中お疲れ様でした。今日入居される方ですね」

その人はやや大げさに一礼すると尋ねてきた。

「ええ、どうも、よろしくお願いします。アナタがこちらのOSさんで?」

おじさんは私の手を引いて背を撫でてあやすような仕草をした。
私は不安ではないのだから、やめて欲しい。
仕方が無いからそのままにしてあげるけど。

「はい。ここの整備と管理を任されています。こちらこそよろしくお願いしますね」

その人は私とおじさんにニコリと笑いかけた。
私はぽけっと口を開けてその人を見上げた。

「ほら、この人が大家さんだよ。挨拶はしなくていいの?」

おじさんがクスクス笑いながら私の背を軽くポンポンと叩いた。

あっと我に返って私は、照れくささからおじさんの手を払うと
上着と髪を繕ってから勢いよくおじぎした。

「はじめまして、アリスです。お世話になります!」

「はい、よろしくお願いします。アリスは礼儀正しいのですね」

この人が大家さんか。
握手するおじさんと大家さんをまじまじと見つめた。
なんとなく、お母さんみたいな女の人だったらいいなと思っていたので、いろんな意味で予想外だった。

大家さんは洋装のスーツにタイ、手袋をかっちりと着込んだ若い男の人だった。
表情は明るいのに服装のせいかなんとなく冷たい印象があって、気後れしてしまう。
「それでは、許可証を拝見させてください」

おじさんと談笑していた大家さんの一言で、私は許可証の存在を思い出した。

「あ、はい」

慌ててマスターから発行されたという許可証を手渡した。

「失礼」

大家さんは許可証に目を通すと、持っていた書類と照らし合わせている。
あれは先生からもらったモノだけど、もしも何かおかしなエラーがあって書類が違っていたらどうしよう。
そんなことあるわけないと思いつつ、急に不安になってくる。

「許可証には彼女のことしか書いてありませんが、あなたは?」

笑顔のまま、大家さんはおじさんに向き直った。

「私は彼女の付き添いですよ。ね?」

グルグルと思考に気をとられている中、おじさんに声を掛けられてあわてて返事をする。

「う、うん」

私はオジサンを交互に見て、こくこくとうなづいた。

「……わかりました。では、お二人とも警備隊の検査を受けてください。失礼ですがこれも決まりですので」

大家さんはしばらく書類をなぞってからそう指示した。

「はい。あ、彼女はダウンロードが初めてなので、付き添ってあげてもらえませんか」

おじさんは私を大家さん突き出すようにして前に出した。
肩に手を置いてポンポンと叩くと、一度頭をなでた。

「じゃあ、また後で」

そういうと、おじさんは警備隊の駐屯地らしき場所へ歩いていった。

ウイルスチェックは個別に受けるのが規則だと、誰かが言っていた気がする。

一人になって、急にしっかりしなくちゃ、という思いが大きくなった。

別にさっきも気を抜いていたわけじゃないんだけど。

「そうですか、では行きましょうか」

大家さんがしゃがみこみ、私に視線をあわせた。

「お、お手数おかけします、よろしくお願いします、大家さん!」

ちゃんと、言えたよね。おかしくないよね。

大家さんはくすりと笑って恭しく片膝をつき頭を下げる。
なんだか芝居がかっていてびっくりしてしまった。

「はい、お嬢様をエスコートできるとは、光栄でございます」

そんな私をよそに、そう言って手を差し出した。

「なんで笑うんですか?」

なんだかからかわれている気がして、ついつっかかってしまう。

「すみません。普段住民の皆さんには名前か執事と呼ばれていて、
大家さんと呼ばれたのは初めてだったもので。
しっくりくる言葉だなと」

聴きなれない言葉だ。

「執事さん?」

「ええ。でも、お好きなように呼んでくださって結構ですよ」

じゃあ、この人を大家さんと呼ぶのは私だけなのか。
握手を求められていると悟り、手を握り返す。

「……うん」

それはなんだか特別な気がして、ほんの少し、本当に少しだけ嬉しくなった。
どこもかしこも真っ暗だ。
男は手綱をさらに引き馬を追い立てる。
怖くて怖くて、私は必死にしがみついた。
ファイルを掻き分け、配置や中身を散々に乱しながら、
暴れるように走る馬のたてがみに。
人は見かけじゃないんだな、と私はしみじみ思っていた。

検査をパスした私たちをマスターが起動した瞬間。
男が見せた笑顔はさっきまでのおじさんのものではなく、まるで悪魔のようだった。
間近にいた私にははっきりと見てとれた。

突然目の前に扉が出現し、開け放たれた。
扉越しに垣間みえた、初めて見る外の世界。
そこから押し寄せる沢山の軍勢。
近くにいたおじいさんが叫んだ。

「逃げろ、バックドアだ!」

バックドアは不正な侵入経路。
じゃあ、おじさんは。

逃げ惑う人々の中、私は思わずおじさんを振り返った。
いつの間にか出現した馬にまたがったその姿を凝視する。
その名前を聞いたことがある。
御伽噺だと思っていた。

「トロイ……」

呟いただけのはずなのに、おじさんは振り返った。
一瞬目を眇めると、馬の手綱をひきこちらに向かってくる。
すれ違いざまじっとりとした手に腕をつかまれ、
私はなすすべなく引き上げられ、馬上の人になっていた。

薄くあけた目の前を、いくつものファイルが風のように流れていく。
早すぎて残像しか見えない。
後視界に入るのは、馬のように走る木馬のたてがみだけだった。
炎の壁や押しとどめようとする警備隊をかいくぐり馬はひた走る。
あたりは段々暗くなっていくことだけは、確認でき、
深い階層へともぐっていっていることだけは分かった。

警備隊をふりきると、逃げきれなかったファイルが目前に迫った。
ぶつかる、と思った瞬間、おじさんは馬と私ごとそのファイルをすり抜けていた。

すり抜ける瞬間、おじさんの右手が光り、そこに触れたデータが書き換えられるのが見えた。
同時にあがった悲鳴は凄絶で、ファイルは緊急停止する。

そこかしこからエラーメッセージと警告音があがっては停止する。
ラップ音と共に赤い光を放って弾けるファイル。
膨大な0と1が噴出し、零れ飛び散る光は命そのものに見えた。
一方で自らの制御をなくし暴徒と化したソフトやファイルは周囲に牙をむき、
あたりを真っ赤に染めていく。
「深刻なエラーが発生しました」「緊急停止装置作動」、不快な音で満たされる。

その惨状に、私は確信を深くする。
確か誰かが話してくれた。
触れただけで壊す、狂わす、テロウイルスの代表的な怪人。
おとぎ話だと思っていたのに、本当にいたんだ「トロイの木馬」は。
怪人に触れられたものは、皆壊れるか狂う。
テロウイルスのキャリアは例え暴走しなくても隔離される。
一番接近している私は、間違いなくキャリアだ。
運よく壊れも暴走もしなくても、私の行き先は決まってしまった。
気がつくとあたりに音はしなくなっていた。

しばらくして、私は荷物のように担いで馬から降ろされた。
力をこめて瞑っていた目蓋を上げる。
あたりは圧しかかるように暗く、目を開けても自分の手さえ視認できない。
視覚機能を暗視モードに切り替える。
何もない。
黒塗りの箱に閉じ込められたようにそこは正方形の出口のない場所だった。
ここはどこだろうか。
こんな場所があるなんて、知らなかった。
ずいぶん深くまで引きずってこられたらしい。
床に座らされ、右手をみぞおちに当てられた。
白い歯が見えた。
手に力が加えられる。
壊される、と思った。
わずかだが覚悟はできていた。
修復できる範囲で壊されるだけだといいなと思いながら、とっさに疑問が口にでていた。

「ねぇ、なんで?楽しいから?」

混乱した抽象的な質問をどう解釈したのか。

「そう出来ている」

一言だけ、答えが返ってきた。
そこで私の全機能は沈黙した。
意識が戻って最初に認識したのは、私を抱きかかえた誰かが覗きこんでいることだった。

「大家さん……」

さっき初めて会った大家さん。
何故か手には大きな戦斧が握られている。
頭に手を伸ばされて、恐怖を思い出し目を瞑る。
手はそっと額にあてられた。

「気分はいかがですか。少し体温が上がっていますね。検査でエラーはなかったのですが……」

見回すと周りは明るく照らされていた。

「トロイは?」

聞きたいような、聞きたくないような気がしつつも尋ねずにはいられなかった。

「警備隊に護送されました。もう安心ですよ」

大丈夫、一度微笑むと大家さんは少し表情を引き締めて私を見た。
覗き込まれて居心地が悪い。

「……ここで彼に何かありませんでしたか?」

記録を高速ロードしても特に思い当たることはない。

「わかりません。私は直ぐに停止しまったので」

あったとしたら私が落ちた後だろう。

「そうですか。とにかく無事で何よりです。では行きましょうか。上までお送りします」

行くって、どこへ。
私はもう一度覚悟しなおす必要があると悟った。

「隔離されるんですか。私、キャリアになったんですよね」

たとえ隔離されてもアンインストールされない限り、生きる道はある。
前向きに行こう。

「そんなことはしません。ウイルスを削除すれば復元するくらいのスペックはあるんですよ?
上層に戻ったらちゃんと検査しましょう」

本当だろうか。
また騙されて気がついたら隔離されているなんてことになっているのではないだろうか。

「こんなことの後ですから疑うのが当然ですかね。
ではこの言い方はいかがです。
ここから出られるのは、OSである私だけなんです。
アナタひとりでここに残るということは、隔離されているも同然ですよ」

目が笑っていない。
大家さんのこの笑い方は初めてみた。

「さ、帰りましょう」

大家さんはそう言って手をさしだすと、今度はキレイに笑って見せた。
少し前にこの手の顔にだまされたばかりだ。
騙されるのもなだめすかされるのも、好きじゃない。
言葉はきつくとも、きっとこれは本当だ。
この場で嘘を言わないことには好感がもてた。
手を伸ばし、その手を握った。
大家さんは私を軽々と抱き上げる。

「少し我慢してくださいね」

急に周りが明るくなって、体が重くなる。
まぶしさにくらんだ目を閉じてあけた時、目の前には扉があった。

「ここがアナタの部屋です。警備隊の医療班がもうすぐきますから、ここで待っていてください。
マップや詳しいことは後でまた来たときに」

扉には「アリス」と書かれた表札があった。

「ろいどサーン!」

上のほうから声とともに何かが降りてきた。

「ああ、アセンブラ」

舞い降りたのはなんだか元気な人だった。

「こっちに用があったから伝令ネ。医療班がもうすぐ着くってさー。
あ、その子がありすチャン?アセンブラっていいマス、ヨロシクネー。」

特徴的な話し方だ。

「わかった。ありがとう」

大家さんがそう言ったときにはアセンブラは飛び去っていた。

「今のはアセンブラ。優秀な通訳ですよ。君がマスターとお仕事をするときに助けてくれます。」

マスターと私たちは使う言葉が違うと聞いたことがある。
それにしても元気なひとだった。
ところで。

「あの、大家さんの名前、なんていうんですか?」

さっき通訳さんが呼んでいた。

「私はロイドです」

やっぱり。

大家さんはマスターと一番仲がいい。

「もうすぐ検査が始まります。大丈夫だと思いますが、何もないといいですね。
マスターも心配していましたよ」

マスターは、私をダウンロードしたひとだ。

「私、マスターと話したことないよ」

「マスターはこのPC内のことはすべて把握していらっしゃいますよ。
ここにはこられませんが、大変心を痛めていらっしゃいます」

そうなんだ、知らなかった。
この広いお城全部を見ているマスターってちょっとすごいかも。

「疲れたでしょう。少し、眠っていていいですよ」

目蓋をそっと閉じられた。
メディカルプログラムを高速でスキャンし、メディカルモードへ移行する。
0と1を数えながら、ゆっくりとスリープに入った。
後日、大家さんからメールがきた。

「アリス、お加減はいかがですか。
エラーなしとの結果が出て私も安心しました。
何か不便がありましたらすぐにいってくださいね。
マスターが今回の件で警備を強化するとのことでした。
一番被害にあったあなたには特別警備プログラムをつけるそうです」

メールを閉じる。

「ふーん」

特別警備ってどんなひとだろうか。
とにかく胡散臭い笑顔には気をつけなくては。

まあでも、大家さんはちょっとくらい信じてもいいかな。
ちょっと芝居がかっていて胡散臭いけど。
別に、助けてもらったからじゃないんだからね。
気が向いただけなんだから。
お兄ちゃんみたいで好きかもなんて思ってないんだからね。

とりあえず、明日着る服を考えよう。

おなじ頃、ロイドはマスターへの業務連絡を行っていた。

彼女が無事だったことが奇跡的だ、と告げることはしなかった。
警備隊とともに突入したとき、彼はただ立ったままだった。
護送されている間も無抵抗だったと聞いている。
彼は壊し、狂わすためだけに作られた存在。
善悪の問題でなく、そういうモノなのだ。

「なんでトロイはアリスを破壊しなかったのか。その短い時間に何があったのか。
謎だけが残ったなぁ」

報告を聞いた俊樹様の第一声はそれだった。

「この中も大変なんだな……」

「大変どころではありません。もっと住人を大切にしてください」

「今回は本当に悪かった。アリスにも伝えておいてくれ。ロイドにも迷惑かけたな」

「私はかまいませんが、中の住人にとって貴方は城の主です。
もう少し慎重に判断していただかなくては」

「や、本当、ごめん……」

マスターこと俊樹はロイドに説教をくらって小さくなっていた。

【 オペレーション・システム/完 】

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