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【第1話】 宣教師・アイドル・陪審員

2012年01月31日  / カテゴリー:  ステイ。

あなたを愛さなくなってから

一人の自分を取り戻した

自分を安売りなんてしない。

   ステイ。

宵に揺らめく くすんだ明かり。

雑踏に埋もれた 酒場のきな臭さ。

吹き抜ける風が心地いいのは春だから。

三度目の春。

まだ、待っている。

もう、待っていない。

どっちが正しいのかはもう分からなくなっていた。

鮮烈な、夢だったと思い込んだほうが楽だった。

■ 1日目— 【宣教師】
―――「よう、いらっしゃい」

カウンターの中でグラスを拭きながら、俺は来客に声をかける。

「……おお」

今しがた店に入ってきた、筋肉質なスーツの男が答える。 学生時代からの友人。名前は久本。

「飲み物なんにする?」

俺は上機嫌で注文を聞いた。

「なんでもいいや。なんか」

俺も対外ぶっきらぼうだが、それにも引けをとらない答えが返ってくる。

学生時代から、俺はこいつとはあまり言葉多く語ったことがなかった。

互いにどこか畏怖があった気がする。別に何があったわけではないが。

「じゃ、とりあえずビールな」

グラスを置き、瓶の線を抜く。こいつはジョッキでは飲まない。

「サンキュ。……最近どうよ?」

久本はゆっくり話し出す。このペースはずっと変わらない。嫌いじゃない。

「まあ、みての通りだな。毎日かわらねーよ。店で飯作って、酒出して。帰ったら寝る。お前は?」

俺は退屈そうに。なんでもないように。そう聞こえるように答えて問う。

「俺もいつもどおり。なんもかわんねーよ」

「嫁さんは?元気か?」

ふと久本の結婚式を思い出す。幸せそうに笑ったこいつの嫁さんはえらく綺麗だった。

「ああ。最近ガーデニングにこってるよ」

こいつは昔からモテていた。その容姿と、一途さが人の心を掴むらしい。

「そうか。おまえの嫁さん、そういうのに好きそうだよなー」

「そうだな……」

―――――――――――――――――沈黙。

ビールを一口飲みくだして、久本が口を開く。

「あいつに会った。一年くらいアルプスにいたらしい」

久本にしてはめずらしく視線は合わせない。なにかを伺うように。

「……あいつって誰だよ……」

俺は、その話はする気はないと言外に伝える。

「……まだ、許せないか」

空気が重い。密度ある質感。

「……許すも許さないもねぇよ。そんなやつ知らねぇ」

「そうか……」

久本も俺も、それきりその話はしなかった。

■ 2日目— 【アイドル】

―――「おおっ!久しぶりだな!」

客に皿を出し、カウンターに戻ろうとした足を止めて立ち止まり、俺は来客に声をかける。

「おお~。元気?」

眼鏡をかけた、愛嬌のある奴が返す。こいつも学生時代からの友人。名前は窪。

「とりあえず飲めよ。ビールでいいか?まさかソフトドリンクなんていわねぇよなぁ?」

俺はこいつに絡むのが好きだった。ヘタレだがとにかくおもしろい。

むこうがどう思ってるかはしらないが。

「あ、ああ、加減はしてくれよっ?!」

半分涙目だ。

「昨日は久本が来たんだぜ。おしかったな」

こいつはあまりこの店に顔を出せないので、俺は自然と顔がほころぶ。

勤め先がここから片道2時間の場所にあるからな。

「……ああ、ヒサちゃんから聞いたよ」

「あ、それできてくれたのか?なんだよ。またまとめて来いよ」

懐かしい顔ぶれで、俺も一緒に飲みたい。

なんだかひどく渇いているから。

「……俺も、あいつの話聞いたよ。今戻ってきてるって……」

「……お前もか……」

俯く。

「俺……なんて言っていいのかわかんないけど……でもっ、あいつもお前も本当は……っ!」

睨み付けた。

「いうんじゃねぇ……」

重く引き摺る。

「ゆっくり、飲もうぜ……」
■ 3日目— 【陪審員】

―――「……てめぇか」

目つきと口のキツイ、デカイ女がきた。

「うるさい。こっちだって野郎どもに泣きつかれて困ってんだ」

―――――――――――――――――ムカ。

「……何か用か。」

殊の外ぶっきらぼうに聞いてやる。

「ここは飲み屋だろ?酒ぐらいだせよ」

なんだよ、そのいかにも人を馬鹿にした言い方は。口の悪ぃ女。挑発してくるこの目が気に入らない。

昔からこいつとは合わない。顔をあわせれば喧嘩していた。

「で?」

不機嫌で注文を促す。

「日本酒。黒龍」

「……明日入る。ここにあるのは瓶だけだ」

いつもこの女が飲みやがる酒。あまり入ってこねーんだぞ。

ガラ悪女が残念そうにメニューを見る。

「そうか。……ところで、この店何時までだっけ?」

相変わらず前置きというものが無い。

こいつの会話は常に剛速球だ。

「2時」

「へぇ、あと30分だな」

時計を見もしないでガラ悪女が返してくる。

まったくもって感じが悪い。知ってて聞いてきやがる。

こいつはほとんどきまぐれに生きているくせに、こうと決めたときだけは周りを計算通りに動かす奴だった。

少なくとも俺にはそう見えていた。そんなときの余裕かましたこの女ほど腹の立つものは無い。

今日はもう客もいないし片付けも終えてある。帰る準備も万端だったんだ。

こんな奴の相手なんてしてないでさっさと帰りたい。

頭が、痛い。理由は知っている。こいつが次に何を言うかわかっているから。
「私が何しに来たかわかってるみたいだな?」

わかんねーな。
分かりたくもねーんだよ、馬鹿野郎。
一人の自分を取り戻した

自分を安売りなんてしない。

もう誰も待ったりなんて、しない。

 

【 第1話/終 】

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