【第2話】 見たことあるよ、映画でさ。
2012年01月31日 / カテゴリー: ショーストッパー-~show-stopper~
そもそも俺はエリスという名前でもお嬢様でもましてや女性でもない。
あれは週末の金曜日。
深夜に一人で残業していた日のことだ。
サイトデータをアップして気が抜けたらしく、トイレに座って意識がとんで。
気づいたら空はまた暗くなっていて。
図らずもトイレで24時間爆睡していた俺。
足元に落ちていた眼鏡をのろのろと拾いながら、涙がちょちょぎれそうだった。
久々に家に帰ろうとしたら電車も金もない。
おまけに足がしびれていて死ぬほどケツが痛い。
でももう会社の箱から脱出したくて、逃げ込んだのは深夜のインターネットカフェだった。
眠気はさめていたので、ヘタレた人生を嘆きつつでシャワー浴びて飯食って
オンラインゲームなんぞを楽しんでいたはずなのだ。
だから。
目が覚めて、レースに縁取られた幾重のベッドの天蓋とか、紅茶の香りとか、
向けられた笑顔だとかが目に飛び込んできた時は
「ああ、今日は随分しっかりした幻覚だな」
などと思ったものだ。
仕事柄、日ごろから何日間か完徹することがある。
脳が限界に達すると小人さんやらの幻覚を見ていたので、
幻覚というものには結構慣れているつもりだったのだが。
あまりに見たこともないような情景と実態感に、
「やっべ、新しい幻覚の境地に達したか俺?!」
と軽くショックだった。
普段見る幻覚といえば、目の前の景色・背景は変わらず、
その上に余計なものが見えるものが多い。
たとえば画像データを背景に指定して、
最前面に新規レイヤー・パスを追加してアクションスプリクト入れたかんじ。
この動画ちょっとイケテね?なんて思っても誰にも見せられない。
そりゃそうだ、幻覚だもんな。閑話休題。
かくして、目の前の光景は映画やビデオでしか見たことがないようなものだった。
現実味はないが、触覚もにおいもともなってえらくリアルな光景なのだ。
気を取り直して、目をこすりながら起き上がる。
夜着らしい衣服の、とろけるようにしっとりとなじむ生地とレースが肌を滑って気持ちいい。
俺はふわふわと柔らかいベットに埋もれるようにして眠っていたらしい。
よし、状況を確認だ。
右見てー。はい、渋い木製の鏡台とクローゼットー。
左見てー。はい、窓の外には輝く海ー。って海?!
思わず身を乗り出したとき、死角になっていた右側から声がした。
「おはようございます、よくお休みでしたね。」
耳さわりのよい声とともに、そっと肩にショールがかけられた。
今更ながら他人の存在に気づいて振り返る。
「あの……。」
訳がわからずまじまじと声の主をみる。
青年がふわ、と柔らかく微笑んだ。
「どうかされましたか、お嬢様。」
なんだこのさわやかさは。
「負けた…。」と思わず降参。
ついつられて、へら、と微笑み返してしまった。
これがアークとの初対面だった。
その後、あわてた俺が人違いだ、自分はエリスじやないと説明しても
「またごっこ遊びですか?先日頭を打ったからといってその手にはのりませんよ。」
「言葉の乱れは心の乱れ。美しい言葉をお使いください。」
などと笑顔で一蹴されてしまった。
いいかげん弁明にも疲れて、とりあえずこの状況に適応しようとして今に至る。
そんなわけで、ここで過ごすべく集めた情報はこうだ。
現在航海中のこの「エリス嬢」ご一行は、チュエゴという都市から、入り江を挟んで向かい側の
フォロレッテマーナという都市へ向かっているらしい。
目的は父親のお使いだそうだ。
エリス嬢の父親は貿易商の富豪とのこと。
今回取引先のパーティーに呼ばれたが多忙のため出席できず、
名代として娘のエリスがフォロレッテマーナへ向かっているという状況…らしい。
旅の目的や個人的な情報は、エリス嬢の日記から取得してみた。
アークに「今日は日記は書かれないのですか。」
と言われてその存在を知ったのだが、これがなかなか参考になる。
エリス嬢はその日にあったことの詳細を、乙女特有の几帳面さで詳細につづっていた。
いわく、使用人のサラとトーマの愛の軌跡や貴婦人の間ではやっているドレスやダンス。
生まれつきの心臓の弱さ。
第三執事で教育係のアークのこと。
護衛として同行している麗人剣士ナラの話、ボディーガードのダイの話。
特に、いつも一緒にいるアークの名前は日記の随所に見られた。
不思議な話だが、俺は周りの人間の言語がわかったし文章の読み書きもバッチリだった。
習ったこともない言葉がわかる上に、鏡をのぞけば美少女が映るこの状況。
いっそ俺がこのエリス嬢にとりついている…否、乗っ取っているといって差し支えないだろう。
不本意だが仕方がない。
個人情報以外のこの世界については、アークの授業やナラの旅の話や新聞が参考になった。
この世界は中世ヨーロッパを彷彿させるが、俺がいた世界とは完全に別物だというこことだ。
ピルピル話す光る宇宙人とかには会わないが、地名がさっぱりわからない。
一番の違いは人が魔術で空を飛ぶことだった。
ナラが当たり前のようにひらりと空を舞った時は、本気でビビった。
誰でも使えるわけではないそうだが、そんなに珍しいものでもないらしい。
まさにそう、剣と魔法のロールプレイングの世界だ。
ちなみに新聞は、カモメが定期便で運んでくる。
伝書鳩みたいなもので、宅急便も送れる…らしい。
大陸にはたくさんの都市、小国がありそれぞれの自治がある。
戦争や貿易の展開により、ここ数年で航海技術が向上し多くの貿易商が海に乗り出し富を得ているようだ。
「ここよく覚えておくように。テストに出るぞー。」
現実逃避の一人ボケが悲しい。
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この世界で目覚めてからもう一ヶ月はたつだろうか。
四苦八苦しつつも、なんとかこの状況にも慣れてきた。
最近は情報収集、もとい勉強の合間に甲板に出るのが日課になっている。
見つかればアークのお小言が待っているが、風が気持ちいいから。
たとえ世界が違っても、海と波は変わらない。
その事実が沁みるように気持ちを楽にしてくれる。
今日もアークの目を盗んで、通路から階段を上がり甲板へ続くドアを開けた。
一瞬で集まる無数の野粗な視線と、銃口。
火薬のにおいが鼻を掠める。
その瞬間俺が思ったのは。
「こういう風景見たことあるなぁ。アクション映画とかでさ。」
だった。
【 第2話/終 】











