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【第2話】 黒龍の酒、蒼い石。

2012年01月31日  / カテゴリー:  ステイ。

最後の使者の爪は鋭く。

抉られた身体には熱が籠った。

陪審員に黒い龍を。

愚者には蒼い石を。

「は?頭おかしいんじゃねぇの?何で俺がわざわざてめぇの頭ん中なんざ慮ってやらなきゃならないんだよ。

俺は早く帰りたいんだ。さっさとそれ飲んで帰れ」

触れられたくないから、しらばっくれることにした。

ガラ悪女にもちったぁデリカシーってもんがあるだろう。

目の前のやつはカウンターに置いたままの『黒龍』の瓶を小突きながら、不機嫌極まりないという表情をした。

「じゃあ聞かせてもらう。酒棚の『黒龍』の裏にいつも置いてある、メニューにない酒は、なんでずっと置きっぱなしなんだ」

「はあ?注文出るからに決まってんだろ」

「その割にはまったく量が減らないな。ラベルも日に日に黄ばんでいく。新しい瓶、ということはないよな」

確信めいた女の口調に、内心、どきりとした。

「俺の秘蔵の酒なんだよ。俺専用なんだ」

「私は前にあの酒を飲んでいた奴を知っているんだが?」

「だから、俺専用だっつーの」

「オマエだってめったに飲んだことは無いだろ。甘すぎるとか言っていたな。

私が知っている限り、おまえがこの酒を置き始めたのは、あいつが飲むようになってからだ。

そしてあいつがいなくなってから、その酒は誰にも出されたことは無い。

いや、お前が飲ませているのを見たことが無い」

俺は平静を保って答えた。

「別に誰にも出さないわけじゃねーよ。このよさが分かる奴にしか出さないだけだ」

「じゃあ、今私に飲ませる気はあるのか」

「てめぇになんかもったいなくてだせるかっ!」

「私の本業は酒の鑑定士なんだがな」

「関係ねぇ!!とにかくてめぇに飲ませたくないだけだっ!」

「じゃあ誰なら飲ませるんだ!」

「だからこいつのよさが分かる奴だ!!」

「開封して三年も放置された酒をか!!」

まくし立てられる。言葉が出てこない。だからこいつは嫌いだ。

いけ好かない鑑定士はふーっと息を吐き出した後、目を眇めてこう言ってくる。

「もういい加減許してやったらどうだ。お前にもあいつにも譲れない、目指すものがあった」

なんでも見透かした目で。高圧的で。叩き壊そうとするこいつが嫌いだ。

「道が少し分かれた、それだけだろう。どちらも悪くはないはずだ。何をそんなにこだわるんだ?」

すました顔で、いつも俺の一歩前にいるこいつが嫌いだ。

「別に無理に私に話さなくていい。お前たちの問題だ。ただ、あいつとは一度話せ。じゃないとお前が壊れる。

いつまでもそんな状態だと、私の気まで滅入るだろうが 」

追い詰めるふりをして優しいこいつが、嫌いだ。

全部吐き出したくなるから嫌いだ。

弱い俺は嫌いだ。

だから強がって言い返す。怒っているように見えるように。

「あいつは一度も振り向かないで行きやがったんだぞ。その後、いつまでたっても俺には一度も連絡をいれてこなかった。

あいつの近況を聞くのはいつも回りの奴らの口からだ。

いつも飛び回っててこっちから連絡はとれない。俺は待ってた。いつもいつも待っていたんだ」

至極冷静にいったつもりでも、弱音のにおいが断ち切れない。

視界が赤黒い。信号が点滅した。

眩暈がする。いろんな感情が俺の中で渦巻いていて、網膜がその様を映すように。

格好悪い。こんな俺は嫌い。

こんな俺を見つけるこいつは嫌い。

こんな俺を引きずり出すあいつが嫌い。

みんなつながっているから、嫌い。
ガラ悪女は一度目を伏せ時計を確認し、席を立つとドアへ向かい表のボードを“Close”にした。

冷たい水滴が目の淵にたまっているのに気づき、俺はあわてて目をぬぐった。最悪だ。

俺が落ち着いたのを気配で感じ取ると、ガラ悪女はカウンターに戻ってきて、手のひらサイズの包みをそっと投げて寄越した。
「……なんだよ」

「開けてみろ。」

俺は促されて紙に包まれた中身を探る。

「…………」

出てきたのは、碧い宝石だった。

「あいつが最初に見つけた欠片だ。私が預かっていた。これを合わせれば全て揃う。あとは組み立てるだけだそうだ。」

碧い石を見つめながらガラ悪女が囁くように、けれど強い意思を込めて言う。

「…………………………………」

無言で、光を反射する石をみる。

直接触ってみるか、悩んだ。

「……ほら」

そっと優しく石を握らされた。

小指のつめほどの、小さなそれ。

震える指先で、そっと撫でてみた。

精巧で、けれど手に優しい丸みを帯びたブルーの石。

「こいつの特性は、光の反射量だ。強い光と、見る角度によってかわる光彩の変化が他とは比べ物にならない」

ああ、そうだった。夢ばかり追うあいつが、何度も話すからすっかりおぼえちまったんだ。

沈黙が流れた。

それがどれだけの長さだったか、俺にはわからなかった。

「……私は今から、そいつを届けにいく」

心臓が脈打った。

「そうかよ……じゃあ、さっさともっていけよ」

無関心な格好で突っ返した。

「……本当にいいのか?あいつと二度と会えなくなるとしても?」

探るように重々しく訊かれ、いぶかしむ。

「どういう意味だよ」

「あいつからの伝言だ。”もう会いたくないなら、二度と会いにいかないと誓います”」

ガラ悪女が、ガラにもなく静かに小さくでも厳かに宣誓の言葉を越えにした。

「なんだよ、それ……」

「言葉の通りだ」

残酷な夢追い人、あいつの誓い。

……ふりきれっ!

「…………俺は行かない。清々するさ」

また、沈黙が流れた。

息が詰まる。

「……わかった。用はそれだけだ」

デカ女はゆっくりと息を吐き、グラスをカウンターに置くと、

紙幣を消えた燭台の下に挟んで出て行った。

“ごっそさん”という呟きと、ドアのベルが響いた。

そちらはみなかった。

かったるくカウンターの椅子に座ってタバコを銜える。

足音が消えた。

何かがぷつんと切れた。

立ち上がって照明をけした。倒れるように。反動で椅子が音を立てて倒れる。

「……っは、はぁ……」

息を詰めて待っていた。開放してやる。

うずくまり体を抱き寄せる。

こんなにも緊張していた自分に驚く。

震えが止まらない。

「……っく」

知らず生あたたかい体液が顔をぬらしていた。

「……くっ……馬鹿野郎っ……」

はたしてそれはガラ悪女に言ったのか、あいつにいったのか、それとも。…自分に言ったのか。

気持ち悪い。

どうしたいのかわからない。

こころが混ぜられている。錬金術の鍋のよう。

気持ち悪い。

自分が好き。

格好いい自分が好き。

格好悪い自分は嫌い。

気持ち悪い。

こんなの自分じゃない。

守らなければ。「自分」を守らなければならない。

自分のためだけの自分。決して誰も待ってなんかいない。

「そうだよ……。俺は、誰にも縛られてなんかない……」

“あいつと二度と会えなくなるとしても?”

「誰もいらない。自分さえいれば……」
“もう会いたくないなら、二度と会いにいかないと誓います。”

“二度と会いにいかないと誓います。”
ひっかかる、何か。
“誓います。”
ああ……。
「……ふざけんなっ!!」

怒りと決意がこみ上げた。

タバコと上着を掴んで飛び出した。

ドアのベルが破壊的な悲鳴を上げた。

走り出す。

(家にいるのか?)

(居場所ぐらいきいときゃよかったっ!)

すぐに息が上がる。

「……っ、は……っ」

濡れる皮膚が風に冷たい。

「……ちくしょっ、どこにいんだよ……っ」

春花の甘ったるいにおいが胸をムカつかせる。

(絶対に、一回は……っ)
「あいつは家にはいないぞ」

突然、さっきまで聞いていた、女にしては低い声がした。

「てめぇ……何してんだよ」

顔を上げると、やはりガラ悪女が立っていた。

「まあ、散歩だ」

「嘘つきやがれ!」

腕を組んだまま、狭い路地に止めた車にもたれてこちらを見ていた。

俺は髪をあげるふりをして見えないよう目元をぬぐう。

「で。行く気になったのか?」

「ああ。しょーがねぇから行ってやる。あの馬鹿を、一発ぶっとばす!」

「一発、か。分かった。連れて行く。乗れ」

やつの車の後部座席に乗り込むと、俺が来た道を戻り始めた。

「おい、どこいくんだよ」

「お前の店だ」

「なに……?」

前を向いたまま、ガラ悪女が答える。

「あいつのところへはすぐ連れて行く。とりあえず店の戸締りくらいしていけ」

言われたとたん、一気に顔が赤くなった。

「なん……っ、どこで見てたんだよ!ずいぶんな趣味だな!!」

照れ隠しに怒鳴る。

「別に見てはいないさ。勘だ。その格好じゃ、概ね閉めていないんだろ?」

平然と返されて。

「……」

俺は黙った。

本当にこいつだけは嫌いだ。

「使え」
投げられたタオルに巻かれて、後部座席で転がった。

振動をより近くで感じて、少しだけ体に現実味が戻る。

肌に冷たいつるりとしたものが当たって目をやると、冷え切った紅茶の缶があった。

なんとなく、文句を言うのはやめた。

タオルがじんわりと暖かかった。

【 第2話/終 】

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