【第5話】 はじめましては突然に
2012年01月31日 / カテゴリー: ショーストッパー-~show-stopper~
「お嬢、いいかげん泣き止めよぉ。俺がいじめてるみてーだろ。」
小船の櫂を片足で器用に操り、襲撃者はダルそうに文句をいう。
いまさらだが、豪快な鯉を背負った派手な服装といい襲撃者的なヤル気はあるのだろうか。
一方、俺……もといエリス嬢は、動かないアークを掻き抱いて声も上げずに泣いていた。
俺ももちろん心配はしているが、ここまで身も世もなくというほどではないわけで。
何が言いたいかというと、この乙女動作は俺の意思ではないぞと言っておきたいわけである。
エリス嬢の体の中で、そんなことをつらつらと独りごちる。
俺もアークが動かなくなった時は頭が真っ白になった。
とにかくアークを助けなければと暴れたが、襲撃者に小脇に抱えて小船に放り込まれて
もう戻りようがないとなると落ち着かざるを得なかった。
人生24年。たかが24年、されど24年。
それなりに山だって谷だってあったんだぜ。
とはいっても俺が落ち着けた最大の要因は、アークが死んではいないことだった。
鳩尾にクナイが刺さっていたように見えたが、アークは血を流すこともなかった。
右の肘間接や左足の間接が異様に柔らかく顔色に血の気が見えないが、弱々しくても呼吸はある。
そしてこの襲撃者が、たいして危害を加える気がなさそうだということだ。
命をとるつもりなら、わざわざ連れ出したりはしないだろう。
そんな落ち着き始めた俺の意思に反して、エリスの体はアークから離れることはなかった。
俺の意思以上に強い力でこの体を動かしている。
果たしてその意思の持ち主が何を考えているのかは、幾重の膜で覆われたようにつかめない。
どんなに体を共有していようと他人なのでそれはしかたがない。
ただひとつだけ予想できたことは。
この意思の持ち主はおそらくエリス本人で、彼女はアークを思って泣いているということだ。
俺の意思まで引きずられかける、胸が張り裂けるような強い悲しみ。
データ相手の仕事に忙殺されて、俺がすっかり忘れていたもの。
人間らしい、瑞々しいほどの感情。
自分が機械部品のひとつだと錯覚するようになったのは、いつからだったろう。
すっかり泣く以外の反応をしなくなったエリス嬢に、襲撃者はぽつりと呟いた。
「なあ、本当に……俺のこと忘れちまったのか……?」
その言葉にかすかな寂しさのにおいがして俺が振り返ろうとした時、
小舟の淵に手が4つ現れたかと思うと小船が大きく揺れた。
目の前にずぶぬれの人影が1つ、背後に1つ現れ舟にあがってきた。
「うぜーなぁ。」
襲撃男はクナイを二つの人影へ同時に投げつけざま、エリスを小脇に抱え上げ構える。
投げられたクナイをひとりは手で叩き落し、ひとりはわずかに体をひねってかわした。
反らせた体を戻しながら、一人が声を上げた。
「それはこちらの台詞だぞ。何故お前がここにいる。」
濡れて張り付いた髪をかきあげながらゆらりと動いたのはナラだった。
無言で頭をふるっているのはダイだ。
「キリタケ、アークは……。」
間を空けながら珍しくダイが口を開く。
キリタケというのは、今エリスを小脇に抱えているこの襲撃男のことだろうか。
「アークぅ?お嬢が乗った船が敵襲受けたって聞いて、自分が行くってきかねぇんだよ。
うぜーから縛って転がしてきたぁ。」
キリタケと呼ばれた男が不可解なことを言う。
ダイがアークに視線を移して確認する。
「……そこにいるのはロイドか。」
「そぉ。うるさいから黙らしたぁ。」
キリタケの言葉を聞きながら、ダイはアークの横に移動して怪我の様子を確認しているようだ。
やはり状態はよくはないのか、わずかに眉間にしわがよる。
ナラはひとつ小さなため息をつく。
「必死だったのは分かるが、少しは信用してもらいたいものだな。」
キリタケは鼻で笑いながら受け流す。
「アークに言えよ。俺は遊べればそれでいいしぃ?」
「とりあえず、エリス様を降ろせ。」
ナラに言われると、キリタケは「へいへい」といいながら俺を床に降ろした。
訳はわからないが、それでも少し安心したのか力が抜けた。
ナラが俺の手をとった。
「失礼します。痛むところはありませんか。」
怪我をしていないか確認しているらしい。
とくに痛いところもないのでコクリとうなずく。
俺の返事に安心したのか、ナラは一歩下がると、片膝をついて頭を下げた。
「エリス様、配慮不足のためご心労をおかけしてしまい大変申し訳ございません。
沙汰は謹んでお受けいたします。しかし、今は他に人員が居りません。
今一度御身をお守りする栄誉を、手前どもにお与えください。」
なんていうか、かしこまった漢字が多くて頭がついていかない。
早い話が、守ってくれるって事でいいんだろうか。
使い慣れない言葉ってこわいぜ。
ナラの言葉を頭の中で反芻しながら俺は口を開く。
「まず、今の状況を説明してもらえませんか。亡国の王女とかそのあたりから。
私には記憶がありません。」
記憶以前に中身が別人なんだが、何度そう言っても信じてもらえなかったので
とりあえず記憶喪失ということにしておく。
誰が敵か味方か判らない状況で、手の内は見せたくない。
「御意。長くなります。ご辛抱ください。」
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ナラはこれまでのエリスの身の上を説明してくれた。
実に簡潔でまとまっていたのだが、なにぶんかしこまり過ぎるので俺なりにまとめる。
まず、カンタベリアという小国王室の生き残りが、このエリスらしい。
カンタベリアは、サビア教を国教とする北の大帝国との戦で敗れたそうだ。
王室一家は根絶やしにされるのが常だが、エリスは奇跡的に乳母兄弟の兄で教育係の
アークに助け出され難を逃れた。
落ち延びるお姫様の護衛は、アークとアークに瓜二つのロイドのみの侘びしいものだったそうだ。
亡命先は今向かっているフォロレッテマーナ。
隠居中のフォロレッテマーナ皇太后の元へたどり着くためだ。
エリスの母カンタベリア王妃は、自らの親元ランカビター皇太后に相談していたらしい。
娘に相談されたランカビター王妃は、かねてから交流があり隠居生活を送る
フォロレッテマーナ皇太后へ孫娘を迎えてくれるよう計らってくれているそうだ。
しかし少なすぎる護衛での逃亡の中、討伐の追っ手を振り払うためにアークが囮を買ってでる。
アークは追っ手を振り切り合流するはずが、深手を負いひとり分かれてチュエゴに潜伏した。
チュエゴという国はカンタベリアとフォロレッテマーナの丁度中間に位置する国だ。
その教育には定評があり、近隣諸国から精鋭が集まる最高峰の学問機関「カルマの塔」がある。
アークはこの「カルマの塔」の出身で知人も多く、潜伏先にはもってこいだったそうだ。
傷を癒しながら二人の情報を探っている最中に同窓生のナラを見つけ、助けを求めたという経緯らしい。
アークは傷が回復しきっていないこともあり、エリスの護衛はナラとダイが買って出たそうだ。
アークはある懸念から、先回りをしてフォロレッテマーナに向かった。
あちらですぐにエリスを迎えられるよう準備をしているそうだ。
「ナラとダイはアークに頼まれて、ロイドと一緒にフォロレッテマーナを目指していると。」
状況を頭で整理しながら話をまとめる。
「はい、その通りです。」
ナラがうなづく。
「それで、俺がずっとアークと呼んでいた彼は、ロイドなわけだ。」
横たわる白いスーツを見やって言う。
「さようでございます。」
迷いもなく答えるナラ。
「そこまではOK。ナラ達も、アークも、ロイドも、キリタケも味方なわけだ。
で、なんでロイドは自分をアークだと偽ったのか。
そして誰もそれを訂正しなかったのか。
なんでロイドとキリタケが戦うことになったのか。
あとアークのその懸念っていうの、聞かせてくれるかな。」
なんだか色々ひっかかる。
情報は全て把握したい。
もはや乗ってしまった船である。
ナラはふ、と微笑んでこう言った。
「分かりました。……やはり貴方は聡明ですね、トシキ様。」
【 第5話/終 】











