【第7話】 残酷な名前
2012年01月31日 / カテゴリー: ショーストッパー-~show-stopper~
食堂の人々の笑い声と忙しなく鳴る床の音。
思わず身構えた俺のブーツのかかとが床をこすった。
「まず最初に、エリス様とトシキ様が入れ替わった理由と元に戻す方法について、
明確な答えを私はもっておりません。
私にいえることは、この状態はエリス様が望んでを作られたと推測できるということとその理由。
もう一つは、ロイドを目覚めさせる方法です。」
やはりアークも俺達を元に戻す方法は知らないか。
「エリス様が、カンタベリア国の直系であることは既にご存知かと思います。」
アークはそう前置きをしてから話し出した。
「王室には神器と、それを操る技術の伝承がありました。
古くは神官職にあった家系と聞いております。
エリス様は王室の血系とともに、神器と技術も継承されたのです。」
考え事をするときの癖で、腕を組む。
神器、か。
よくあるのは剣や盾や鏡とかの呪術的な道具だよな。
ここは魔法もありの世界だから、それを使う魔法とかも継承されるのだろうか。
そんなことを考えながら先を促す。
「その技術ってどんなものなの?」
こく、と息をのんでアークが言った。
「その技術は器に意思を与え動かす、まさに神業です。」
器というと、壺か皿かなにかか……?
「ちょっとイメージしずらいな。それはこう、ナラが使う魔術みたいになにか物を
浮かしたりできるってことかな?」
マジックショーを思い描きながら聞く俺の質問に、アークは首を振って答える。
「いいえ。私が見たことがあるケースは、人に似せた人形と申しますか。
その人形に自分で考える意思を持たせるということです。
まるで人間をつくる創造主のようで、畏怖とともに感動しました。
一生忘れられないであろう光景でした。」
それは、人形に人格や意思、いってしまえば命を与えるということだろうか。
「伝承は長い間、王室の中でも決して外部に漏れぬよう厳重に守られてきました。
しかし、人の口にとは立てられませんでした。
いつしか噂は大陸内部にまで流れていたようです。
人間をつくる、もしくはそう見える行為を
創造主を絶対神として祀るサビア教会の教義が許すはずもありません。
帝国は邪教徒討伐を建前に、カンタベリアに攻め込んできました。
籠城が破られ背後まで敵兵が迫る中、神器を持ったまま逃れることは困難でした。
そしてエリス様は、神器に命を与えました。
私はエリス様につきそい脱出しました。
意思を持って動き出した神器とともに。
彼は私をオリジナルにしていると、エリス様はおっしゃられました。」
そこでアークは一度言葉を切ってから続けた。
「それが、ロイドです。」
「じゃあ、ロイドは人間じゃないってことか!?」
俺は驚いてベッドに寝かされているロイドを振り返った。
「はい。それは間違いありません。命を作り出せるエリス様ならば、
魂と魂を入れ替えることもできるのではないかと、私は考えます。
そしてもう一点気になるのは、エリス様はロイドの身体を案じておられました。
長く受け継がれた神器は、ひどく脆くなっていたようです。
日に日に崩れていくロイドの身体を存続する方法を、エリス様は模索していました。
それと何か関係があるのかもしれません。」
魂を入れ替えられる技術があると仮定したとして。
別世界とコンタクトするなんてこともできるのだろうか。
そして何故俺だったのか。
俺ならば、ロイドを治せる理由があるのか。
「ロイドの損傷はもう限界だったはずです。身体が動くかは正直申し上げてわかりません。
しかし、神器のことは、ロイドに聞いたほうがよいと思います。
魂を強制的に眠らせてしまったので、まず目覚めさせましょう。
こちらへおいでください。」
俺の混乱をよそに、アークはロイドの横に移動する。
ロイドの服を開き、鳩尾の辺りを軽くたたくとまるでふたが開いたように小さな穴が現れた。
その穴に、アークは荷物から取り出した折りたたみ式手鏡のようなものから伸びる管を挿す。
手鏡を開くと、片面に鏡がはられ、片面に3段の鍵盤が並ぶ中身が現れた。
ちょっと鍵盤ハーモニカみたいだ。
「どうぞ触れてみてください。この属神器は、継承者にしか反応しません。」
言われるがままに手を伸ばす。
鍵盤ハーモニカに触れた瞬間、鏡部分が光って文字が現れた。
文字列はずらずと伸びていく。
読める。
“ program[ ] ID[ ] password[ ] ”
「え、これって……ロ、ログイン画面……?」
思わず声を上げてしまった。
「鍵盤を使って、鍵を解除してください。
プログラム名は”ショーストッパー”、IDは”エリス”、パスワードは”ロイド”です。」
俺の動揺をよそにアークが先をうながす。
よく見ると鍵盤にはアルファベットが刻まれていた。
じゃあ何、この鍵盤ハーモニカはパソコンですか。
鏡はモニターで鍵盤はキーボード?!
なんだか不思議な感覚だが、これならなんとかなりそうだ。
「スペルは?」
アークは紙にサラサラと書いていく。
「ショーストッパーは”show stopper”と書きます。
舞台の進行を中断させるほどの大喝采を博する演技・歌、または歌手・俳優という意味です。」
キーボードの配列が違うので手元をみながら慎重に打ち込んでいく。
「エリスは”Ellis”でいいの?」
「はい。」
「パスは?」
「ロイドは”Lloyd”と書いて、”保険引受人”という意味だと、エリス様はおっしゃっていました。」
意思を持つ者に、そういう意味でつけたのならば。
それは結構、残酷な名前なのではないのか。
自分が誰かの身代わりだと、名前でまで示されるなんて俺には耐えられない。
ロイドを人間だと思っていた俺には、彼が人でないとは思えなかった。
ロイドがエリスを見る瞳は、いつだって優しかったから。
ふと、全部のパーツが合わさった気がした。
ロイドはエリスを愛していたのではないか。
それが親への愛だったのか、恋愛としての愛だったのかはわからないが。
しかし、エリスとアークは愛し合っていた。
しかも自分はアークの影武者として命を与えられた。
そして愛しい姫君は、神器としての自分の存在の為に家族も国も失った。
そもそも自分は人間ですらない。
「お嬢も自分にストップかけたんじゃねーのぉ?色々二人を混同しちまいそうだしぃ?」
俺の思考を読んだように、キリタケが椅子に座ったままロイドとアーク見る。
「ロイドはエリス様が愛した『アーク』になりたかったのだろうか……。」
ナラが言いよどむ。
「いや、『ロイド』という個人として接して欲しかったのかも知れない。」
ダイがボソリと呟く。
自分の生みの親で愛しい少女は、記憶喪失になっていた。
実際は中身が入れ替わっていたわけだが。
少女は自分が人間でないことも、自分のせいで多くを失ったことも、アークのことも覚えていない。
思い出と引き換えに得た、チャンスだとも言える。
そして少女は、自分をアークと呼んだ。
ロイドという個人としてみてほしい衝動。
少女がかつて愛していたアークを自分だと思い込ますことができるタイミング。
強い渇望と、屈折した自己と、悪戯のような偶然。
紛れもないのは、彼女以外は自分の中にはなく、彼女が全てという盲目的な愛情だけ。
ああ、だからか。
優しいのに、どこかかげりのある彼の瞳の影は。
甘やかな虚無感。喜びと罪悪感と焦燥と。
それらは決して憶測の域を出ないけれど。
ログインすると、ロイドのプログラムと一緒に編集プログラムが開いた。
数字が羅列されたかと思うとスプリクト群もずらずら組まれている。
最初のは16進数表現で2バイト単位で区切ってあるから機械語、だよなこれは。
「うわー…、俺プログラミングは苦手なんだけど……。」
ちょっとぐったりした。
俺、デザインメインのクリエーターだしHTMLなら空でかけるんだけどな……。
まあ、いいけどさ……。
「まずは、ロイドを起こさないとな。」
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その後、四苦八苦しながらもロイドのプログラムはなんとか治せた。
もともとキリタケが停止させただけだったので、それは問題ではなかったのだが。
困ったのは、アークの話どおり長い間受け継がれた神器はすでに限界だったということだ。
再起動しようにも、身体のほうが動かなかったのである。
もしかしたら、ロイドが起きるのをためらっているという可能性も捨てきれはしないが。
身体を治そうにも、何でできているのかさえ誰にもわからなかった。
目の前に横たわる、見たこともない柔らかい素材が憎らしくてたまらない。
結局、何時までも宿屋に滞在するわけにも行かず、眼を開けないロイドを連れて
フォロレッテマーナの皇太后の別荘へと向かうことになった。
出発は早いほうがいいと、今夜に決まった。
【 第7話/終 】











