【第8話】 気づかなかった失せモノ
2012年01月31日 / カテゴリー: ショーストッパー-~show-stopper~
出発までに仮眠をとっておこうと目を閉じた。
そこに、彼女はいた。
金のやわらかい髪、光をたたえた眼差し。
ロイドが停止したあたりから、彼女がだんだん近くなってきていた。
正直言うと、そろそろ会えるような気がしていたから。
俺から声をかけた。
「やっと会えた。直接会うのははじめてだよね。はじめまして、エリス。」
姫君は微笑んで答えた。
「ここでははじめまして、トシキ。そしてロイドをありがとう。」
なんとなく、こそばゆい。
自嘲気味な言葉をフラットに返してみる。
「結局、俺では身体のほうは治せる見込みもないけどな。
ロイドの身体の治し方を知っているなら、今が戻り時かもよ。」
情けないけれど、たぶん俺ではお手上げだ。
「そうかもしれないわね。でも、私にはもう一つやらなければならないことがあるの。」
少女の返事には含みがあった。
少し目を伏せて彼女は続ける。
「私もロイドの身体を治す方法を調べてみたけれど、今の時点ではわからなかった。
このままではロイドの身体がもたないことは予想できたから、魂だけでも保存したかったの。
私の国を滅ぼしたあの国や教団に狙われない場所で、保護したいと思った。
だから、属神器に願ったの。
そしたらあなたの世界に繋がった。
あなたの前に出会った何人かの人に話しかけたけれど、誰にも気づいてもらえなかった。
トシキだけが気づいてくれた。
勝手にこちらに引っ張りこんで、あなたは怒っているかもしれない。
でもどうかお願い。あなたの世界で、ロイドの魂を預かって。」
なんとなく言われる予感はしていた。
エリスは必死に言い募った。
俺はこの世界に来てから、何度も考え続けた疑問を呟いていた。
「ねぇ、なんで俺だったのかな?」
どこか遠くを見て、彼女は言う。
「やっぱり、怒っているわよね。」
何故、属神器は俺につないだのか。
何故、俺だけがエリスの声に気づいたのか。
単純に理由が知りたかっただけなのだが、少女は俺が腹立たしさから聞いていると思ったようだ。
怒っていないと言えば嘘かも知れないけれど。
「いいたいことは色々あるけど、一つだけ伝えるならば『ありがとう』かもしれない。」
不思議そうに彼女は問う。
「それはなぜ?」
苦笑してしまった。
「君は逃げられない訊き方をするね。」
エリスは不思議そうな表情をしまって、悪戯っぽく笑う。
「そういう年頃なの。」
はぐらかすのに慣れた大人は少し困る。困ってばかりだ。
「そう。うん。なんていうのかな。感情を貸してくれて、ありがとう。」
ここに来る前の自分を考える。
忙殺される毎日に、なんだか自分が機械の一部になった気がして。
大切なものを失くしていることに気づいてしまったら、もう走れない気がして。
悩んだら時間がたらなくて。昼も夜も思いもなくて。
自分は日に日に人間らしさを失くすのに、ユーザー心理とか、ユーザビリティとか、ニーズとか
そんな人に寄り添ったものを分析しようとして。
大好きだったはずの顧客は、顔が見えない数字になった。
夜中、棚の陰から噴出す闇に押しつぶされて俺というモノは地球上から消されるてしまう気がして。
どうしようもない疑心暗鬼と自己嫌悪と暴発する感情と、絶望的な孤独。
渇望の夜と絶望の朝を幾度も繰り返し、怖くて怖くて怖くて。
そのうちそれさえ感じなくなって。
眠れなくなって。泣けなくなって。食べられなくなって。
痙攣がとまらなくて。動けなくて。
下がらない熱と心拍数。できなくなった呼吸。
それでも立ち止まることはできずに。
まるでOSが熱暴走でフリーズするように、ぷつりと電源が落ちて死ぬんじゃないかと思った。
もう一度電源を入れたら再起動とかするのかなとか考えた。
それともハードが壊れて「not found OS」エラー「俺は見つかりません」?
流れ出る血、吐き出す血が赤くて。あったかくて、ちゃんと痛くて、鉄の味がして。
それが少しだけ嬉しいとか。
そんなことを考えていた。
「俺は、たぶん失くしちゃいけないものを失くしたことに、気づかないふりをしていたんだ。
忙しさで目を塞いで。そんな状態、続くわけがないのにね。
目をそらしていることに、俺は気づいてもいなかった。
エリスと一緒にいろいろな思いを感じて、やっと気づくことができたんだ。」
エリスは、少し目を眇めて口を開く。
「あなたを通して世界を見たとき、驚いたわ。貴方の心、硬くて死んでしまいそうだった。」
視線を合わせて、そっと呟かれた少女の呟き。
「あなたは壊れかけていたんじゃない。病気だった。」
今だから、分かる。
お前オカシイよ、と言われたって自分では判断できなくなっていた。
自分を「頭おかしいから」と前置きして他人を攻撃する奴は、大抵おかしくなんかない。
そう言えば逃げられると。
被害者意識に隠れて自分のエゴを押し付け、それが正当な権利だと勘違いしている奴が大半だ。
他人のためと善良さを装って、自分の身の上ばかりを哀れんでいる偽善者。
医者から正式に「病気」と診断され後、周囲から向けられる蔑みを負う覚悟もない。
生きている限り抱え続ける、鈍く引きつる痛みの存在を知らない。
俺はそんな奴等と同じになるのが嫌で、強がり続けて自分が病んだ。
そしてそれを認めることもできずに、気づいたらたくさんのものを失くしていたのだ。
本当におかしい奴は、自分がおかしいなんて分からない。
気づいた今だから、分かる。
機械のように壊れかけたのではなく人間として病んでいたと、少女は言った。
哀れんでいるのか、生身の身体をもちながら壊れようとした俺への怒りなのかはわからない。
もしかしたら、その両方かも知れない。
「そうだね。病んでいた。そして君が救ってくれた。だから、ありがとう。」
俺はもう一度礼を言った。
心が整理されて、クリアになる。
俺の腹は決まった。
でも、これだけは確認しておきたい。
「聞きたいんだけど、エリスにとってロイドって何?守らなければならない、神器なんだろうか?」
エリスはうっすらと笑い、瞳を揺らせて答えた。
「その、つもりだった。最初は。
敵が階下に迫ったあの時、これからのことを思って神器をアークそっくりにして覚醒させた。
崩れ落ちる城を見ながら、こんなもののために私はアーク以外の全てを失ったとロイドを憎んだ。
それでもお母さまが命を懸けて継がせてくださった神器を捨てることはできなかった。
私のロイドに対する態度は冷たいものだったと思うわ。
私にとってロイドはモノだったから。
ロイドは、愛しいアークの身代わり人形でしかなかった。
でも、ロイドは自らの意志をもった。
そして自らの意志で私に尽くしてくれた。
刷り込みの様なものだったと思うけれど、ロイドの誠意に癒される私がいた。
彼はモノではなくロイドという一人の存在で、私にとって大切な人物になった。」
ああ、彼は。
彼は救われた。
「それが聞けて、よかった。わかった。ロイドは俺に任せてくれ。
まあ、俺が帰れたらの話なんだけどね。」
不安材料は後を尽きない。
思わず苦笑してしまった。
「それは大丈夫だと思うわ。
属神器であなたと接触した時、私は精神力を使い果たしてしまったけれど、
トシキが私に入っていてくれたおかげで回復に集中できたの。
今なら二人を向こうの世界に戻せるわ。」
なんともいえない不思議な気分で、エリスの話を聞いていた。
そうか。俺、帰れるのか。
帰るということは、別れるということで。
「君は、ロイドに会えなくなっていいの?」
エリスは、はっきりと答えた。
「一時的な別れだから、構わないわ。
私は必ずロイドの身体を治して、迎えに行くから。
それに、あなたならロイドを大切にしてくれるだろうから心配もしていないわ。」
そんな根拠が、あるのだろうか。
「そんなに簡単に、俺を信用していいのか?」
怪訝そうな俺に、エリスは姫君の貫禄で答える。
「『オンラインゲーム』だったかしら、あれで話した時に思ったの。
あなたなら、ロイドを人として、心を通わせてくれる。
そして、貴方が探しているものを私は伝えられると。」
エリスが近寄ってくる。
「だから、これはきっと、運命。」
俺の目の前まで来ると、顔を上げた。
「伝承はもう絶えてしまった。けれど私は諦めたくない。
私なりに調べて、一つの仮説を立ててみたの。
準備ができたら旅に出るわ。
ロイドの身体を治して受け入れられるようになったら、必ず会いに行くから。」
す、と手を伸ばし、俺の上着のすそをぎゅ、と握り締めた。
「ただ、もしもの時は……。」
気丈な姫君の唇がわななく。
「もしもの時なんて、考えなくていい。絶対見つかるから、大丈夫。
それに、むこうでロイドを危険な目にはあわせないって、誓う。」
思わず頭をなでで、そっと抱き寄せた。
エリスが、身を乗り出して問い返した。
「本当?」
俺は屈んでエリスに視線をあわせた。
「エリスへのお礼っていうのもあるけど、俺もあいつは気に入ってるし。
友人達が困っているなら、助けないとな。気長に待ってるよ。」
ちょっと気恥ずかしいけれど。
精一杯の祈りをこめて。
どうか一瞬でも、俺の言葉がこのひたむきな少女の安らぎになればいいと。
エリスは一度下唇を噛んで「ありがとう」と小さく呟いてから、俺の頬に顔を寄せた。
「貴方も大好きよ、トシキ。」
暖かいぬくもりが頬に触れた瞬間、目が覚めた。
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人に見つからないよう、海岸沿いを迂回して皇太后の別荘へと向かう。
宵闇にまぎれるようにフードの深い外套を羽織って、静かに石組みの階段を上っていく。
段々畑の横道を進みながら、空を仰ぎ見た。
雲に隠れた、夜半の十六夜月。
風が流れる。
潮が香る。
葡萄が揺れる。
大きな門の前までたどり着いた。
後ろを振り返る。
世界は美しかった。つないだ手は暖かかった。
涙があふれた。心が満たされる気がした。
アークとロイド、みんなを見た。
口を開く。
波が輝く。
雲の間に間に、月が出る。
ひときわ強い風が吹いた。
直感的に、これが最後だと思った。
目を閉じる。
意識が途切れる。
精一杯叫んだ言葉は、果たして聞こえていたかは分からない。
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ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ
「ん……」
机の上で携帯がマナーモードで踊っている。
俺は身じろぎして目を開けた。
もそもそと、体を机から持ち上げる。
一人分のスペースを区切るパーテーションを背景に、液晶モニターが青白い光を発している。
頭がぼーっとする。
ああ、俺、帰ってきたんだ……。
漠然とそう思った。
それとも長い夢でも見ていたのだろうか。
考えて、突然不安になってきた。
視線を泳がせると、ネット接続中のパソコンはオンラインゲームにつなぎっぱなしだった。
ゲーム画面の中世ヨーロッパの田舎町には、はじめてみる隣人プレイヤーがいた。
メッセージを送ってきていた。
「必ず迎えにいくから。ロイドをお願い。 ―― Ellis」
ふと違和感を感じて手をみると、抱えていた。
ロイドとロゴがついたサーバと、メールアドレスの書かれたメモを。
そんなはずないのに、ロイドの息遣いを感じた気がして。
思わずモニターをつかんだ。
夢じゃない。
「任せてくれ。続きはメールで! トシキ」
すぐにPCをリセットして会計して店の外に出る。
夜が明けかけていた。
走りながら、時間を確かめようと携帯をみると、1件の着歴。
「深谷卓磨」
昔馴染みのロボット工学者。
その顔を思い浮かべて、ある考えが浮かんだ。
心臓がドクドクと脈打った。
血が巡る。
朝日が昇る。
それは素晴らしい考えに思えた。
携帯を開いて着歴から発信。
「……卓磨か?今すぐ俺の家に来てくれ、頼む!」
電話を切ると気持ちがとまらなくて、思わず叫んで走った。
たぶんこれは、希望の朝。
【 第8話/終 】











