第1話
2012年01月31日 / カテゴリー: ナサザルカ
トワイライト 灰ろい光
ナイトドォン 空気は虚ろ
乾いた空気が軋む中、強固な鉄の囲いの中で
悴むなにかを押さえつけ 伝う水音さえ届くこともなく
ついえゆく残り火に 目さえも伏せて
甘く光る言葉なんか と吐き捨てた、彼。
薄いはずの光は、決して優しいものではない。
幾千の電子が発する、瞳孔を刺して止まない光は酷く無表情で攻撃的だ。
逃れようとするかのように、彼はキーボードを叩き打つ。
あれは彼なりの戦いかたなのかもしれない。
僕はただ漠然と、彼の背中と背中越しに見える発光する液晶を見ていた。
もはやこの部屋で何度繰り返したかわから無い記憶を回想する。
彼は名を相葉俊樹という。
初めて会ったのはスポーツ用品店だった。
その時のことは今でもよく覚えている。
シューズが所狭しと並ぶ狭い通路で、すれ違いざまにぶつかったのがきっかけだった。
陸上部員だった俊樹は、走ることが本当に好きだった。
彼は誰よりも速かった。気恥ずかしい表現だけれど、風を切るように走るのだ。
俊樹の幼馴染、深谷卓磨がぽつりと、
「あいつに見えている世界は、俺とは流れが違うんだろうな。」と言っていたのを覚えている。
俊樹の利き足が地面を蹴る時の衝撃を、強いばねのようにしなる筋肉の動きを、僕は何時も一番近くで見ていた。
そう。時間的長さは深谷には劣るとも、初対面のあの日から。
近さという意味では、間違いなく誰よりも僕は彼と一緒にいた。
僕は誰より彼の走りに心酔していたのだ。
学校で、家で、いつも一緒に走り、笑った。
しかし、今の彼に僕は見えてはいない。
たぶん、存在さえも忘れてしまった。
部屋の隅にうずくまり、僕はずっとここにいるのに、彼がこちらに視線を動かすことは無い。
また、回想する。
春の明け方、夏の宵、秋の夕暮れ、冬の早朝、どの場面をとっても、彼や深谷がそばにいた気がする。
僕は彼とよく遊んだ。
付き合い自身はそんなに長いものでは無いけれど、彼と、仲間と、ともに掛けぬけて来た。
時は過ぎて、俊樹は専門学校生となる。
僕はてっきり体育大学か実業団入りするものだと思っていたので大層驚いた。
深谷は基本的に感情の起伏があまりないので、「やりたいならやればいいんじゃない。」と、さらっと笑った。
情報処理系だとか、PC系だとかいう関係の専門学校だった。
僕にはさっぱりわからないけれど。
前々から、たまにパソコンの前に座って何かしていたけども、専門に上がってからはそういう時間がもっと多くなった。
頑張って勉強しているのだから、と僕はどんどん離れていく俊樹に寂しさを感じながらも、応援していた。
が、そのうち異変がおきた。俊樹はだんだん学校に行かなくなった。
休校日かとも思ったが、それにしたって休み過ぎだった。
そしてやっと異変に気づいたのは、部屋からも殆ど出てこなくなってからだった。
誰が話し掛けても反応しない。笑わない。怒りさえもしなかった。
なぜ俊樹がこうなったのかは誰にも解らなかった。
家族は途方にくれ、友達とはすでに疎遠になっていた。
僕は、話し掛けることさえもできなかった。
拒絶されるのが怖かったのだ。どうしようもない臆病者だ。
友達がいのなさに涙が出そうだった。
とにかく、俊樹が何故こうなったか理由もわからない僕は、見守るしか術がなかった。
何処かすくんで見える背中を見やる。
ただ、また俊樹と遊びたかった。
だから、僕は黙って隅に座りつづけていた。
同じことを何度も考えながら。生温い思い出に浸りながら。
『いつか気づいてもらえるんじゃないか。』
そう、想いながら。
【 第1 話/終 】











